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アポスティーユ 代行 ブログ記事

アポスティーユ代行について、いいブログを見つけちゃいました。
このブログは、アポスティーユ代行を行なっている業者さん(行政書士かいまいち不明・・・)が、
アポスティーユ代行業務の中で感じたことを書き記しているブログのようです。
そのブログを読んだ後、著作権切れの三木清の文章を読みました。一部ご紹介。
労働はその一層具体的なる規定において生産である。しかるに近代的なる生産はその様式において特に社会的である。マルクスは『経済学批判』の序説の首めに いっている、「社会において生産しつつある人々が――したがって人々の社会的に規定された生産が言うまでもなく出発点である。スミスやリカアドがそれを もって始めるところの、個々の孤立的な猟夫や漁夫は、十八世紀の想像力なき空想に属する。」我々の研究は現実には存在せぬ一個の抽象体であるロビンソンを もって始むべきでなく、社会において生産しつつある人間を出発点とすべきである。人間は彼ら相互に一定の関係に入り込むことなくしては生産し得ない。彼ら は彼らの活動を相互に交換してのみ生産する。
アポスティーユに代行ついては、何も触れていない三木清ですが、そこは哲学者の深い文章。
アポスティーユ代行についても得るものはあります。
社会的である限り、私はいつまでも単に私としてとどまることが出来ない。その活動において相互の間に作用し合う限り、我は汝となり、汝は我となる。私は私 に対しては我であり、同時に他の人に対しては汝である。私は主観であるとともに客観である。それ故にフォイエルバッハの次の言葉は正しい、「現実的な我は ただそれに汝が対立するところの我であり、そしてこの者自身は他の我に対しては汝であり、客観である。しかるに観念的な我にとっては、客観一般が存在しな いように、いかなる汝もまた存在しない。」我と汝との統一として人間の現実性は初めて成立する。人間はひとつの綜合的概念である。「私はただ主観―客観(Sabjekt-Objekt)としてあり、思惟し、否、感覚する**。」しかしながらこのとき、主客の綜合、もしくは統一(Einheit)というのは、両者の同一(Identit※(ダイエレシス付きA小文字)t)と直接には等しくないのである。ロマンティクのいわゆる同一哲学諸体系(Identit※(ダイエレシス付きA小文字)tssysteme)は主観と客観との絶対的な同一性を主張した。
うちの会社は行政書士さんのアポスティーユ 代行を利用しているので、このブログでもっと
知識をつけたら、自分でできちゃうかも(笑)


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