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創業融資

創業融資を受けたいと考えています。創業融資というのは、日本政策金融公庫などから
創業時にかなり有利な条件で融資を受けるというものです。
今日は書店で創業融資の本を買って、電車内では三木清の文章を読んでいました。
親鸞の文章には到るところ懺悔さんげ)がある。 同時にそこには到るところ讃歎がある。懺悔と讃歎と、讃歎と懺悔と、つねに相応じている。自己の告白、懺悔は内面性のしるしである。しかしながら単なる懺 悔、讃歎の伴わない懺悔は真の懺悔ではない。懺悔は讃歎に移り、讃歎は懺悔に移る、そこに宗教的内面性がある。親鸞はすぐれて宗教的な人間であった。懺悔 と讃歎とは宗教の両面の表現である。〔欄外 Augustinus〕親鸞の文章からただ懺悔に属するもののみを取り出して、彼の宗教の人間的であることを論ずる者は、彼の思想を単に美的なもの、文芸 的なものにしてしまうことであって、いまだ宗教的人間のいかなるものであるかを知らざるものといわねばならぬ。親鸞における人間の問題はどこまでも宗教的 人間の問題、宗教的人間の存在の仕方の問題でなければならぬ。懺悔は単なる反省から生ずるものではない。自己の反省から生ずるものは、それが極めて真面目 な道徳的反省であっても、後悔というものに過ぎず、後悔と懺悔とは別のものである。〔欄外「後 悔はそれぞれの行為、懺悔は全存在にかかわる。」〕後悔はわれの立場においてなされるものであり、後悔する者にはなおわれの力に対する信頼がある。懺悔は かくのごときわれを去るところに成立する。われはわれを去って、絶対的なものに任せきる。そこに発せられる言葉はもはやわれが発するのではない。
創業融資の事業計画書についてあれこれ考えながらさらに三木清の著作権切れの文章を読みました。
もちろん直接的には創業融資と何の関係も無いですが、行間を読むと見えてくるものがあります。
煩悩の具わらざることのない自己がいかにして自己の真実を語り得るのであるか。自己が自己を語ろうとすることそのことがすでに一つの煩悩ではないか。親鸞 が全生命を投げ込んで求めたものは実にこのただ一つの極めて単純なこと、すなわち真実心を得るということ、まごころに徹するということであった。信仰とい うものもこれ以外にないのである。煩悩において欠くることのない自己が真実の心になるということは、他者の真実の心が自己に届くからでなければならぬ。そ のとき自己の真実は顕わになる。われが自己の現実を語るのではなく、現実そのものが自己を語るのである。ここに知られる真実は冷い、単に客観的な真理では ない。この真実にはまごころが通っている。まごころは理性ではなくむしろ情のことである。我々は人間的真理を二と二との和は四であるという数学的真理を知 ると同じように知ろうとするのではなく、またそれはそのように知られるものでもない。
 親鸞の文章を読んでむしろ奇異に感じられることは、無常について述べることが少ないということである。これはとかく感傷的な宗教のように考えられている 彼の思想においてむしろ奇異の感を懐かせることであるが、しかしこれが事実であり、また真実である。そしてそこに彼の思想の特殊な現実主義の特色が見出さ れるのである。
創業融資について、また発見があったらお知らせしますね。

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